王妃シリーズ③ディニス1世を支え、後に聖人となったイザベル王妃
[2019.8.19]
イザベルは、アラゴン王ペドロ3世と王妃コンスタンサ・デ・シシリアの娘として、1271年に生まれました。イザベルという名前は彼女の大伯母であるハンガリー王女エルジェーベトからもらったそうですが、この方はとても慈悲深く、自ら病院を建設して貧民・病人のために尽くしたそうです。彼女の死後、直後から様々な奇跡が起き、1235年に聖人となりました。
その大伯母と同じく、イザベルも幼いころから敬虔なカトリック教徒として1日2回のミサや病人への奉仕を欠かさなかったと言われています。
このように様々な実績を残したディニス1世に愛されたイザベル王妃。オビドスをはじめいくつもの町をプレゼントされる程、夫婦仲は良かったと言われています。ただディニス1世は不道徳な一面があったそうですが、彼女の慈悲深さは変わらず、結婚後も貧しい民や病人への奉仕を欠かしませんでした。
オビドスを紹介したこちらのコラムでも書きましたが、イザベル王妃が人々にパンを渡すため頻繁に夜中部屋を離れるのを見たディニス1世は王妃の浮気を疑います。ある日、こっそりとパンを隠し王宮を出るイザベル王妃に、ディニス王は「何をしているのだ」と問いかけます。とっさに王妃は「あまりにも庭のバラが綺麗なので部屋に飾るために摘んでいるのです」と答えます。「そんな嘘に騙されると思っているのか。その手に持っているものを見せなさい」と、王妃が隠していたパンのかごの布を取ると、そこには本当にバラが入っていたのです。このパンがバラに変わった奇跡は、ポルトガルの中部でスペイン国境付近にあるサブガル城(Castelo do Sabugal)で起こったと伝えられています。

サブガル城

彼女は亡くなった後も埋葬されたコインブラで奇跡が起きたと言われ、約300年後に聖人の地位に上がりました。現在は聖イザベル王妃と呼ばれ、コインブラの守護神として崇められています。お墓は新サンタ・クララ修道院(Mosteiro de Santa Clara-a-Nova)にあります。
聖イザベラ王妃の奇跡については、ポルトガルの各地で言い伝えられています。彼女が設立した病院もあり、ポルトガルの町を歩いているとイザベル王妃を描いたアズレージョなどに出会うことがあります。今でも人々から尊敬され愛されている王妃なんですね。
それでは、また次回!
著者プロフィール
19歳の時にポルトガルに出会いすっかり虜になる。大学卒業後、日本で貿易実務、ロジスティクス、マーケティングの経験を積むが、日本とポルトガルをビジネスで繋ぎたいという気持ちが大きくなり渡ポすることを決意。ポルトガルに1年半留学しMBAを取得。在学中、現地企業やビジネスパーソンとの幅広いコネクションを築く。
現在はポルトガルジュエリーのブランド「フィリグラーナ・コン・アモール(Filigrana com Amor)」を立ち上げ、インポーターとして活動。日本とポルトガルを行き来しながら両国の情報を発信し、人・ビジネス間の交流が活発化するよう邁進中。
Web: http://www.shop.filigranacomamor.com/
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E-mail:s.kiriyama@worldfiligranakk.com
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